宮沢章夫『チェーホフの戦争』
このところにわかにチェーホフづいていて、私淑する宮沢章夫さんがチェーホフに関する本を書かれていることに気がついたので、手に取ってみたのだった。チェーホフの四大戯曲を独自の視点から読み解いた本だ。
いつもながら視点のユニークさに驚かされる。
『桜の園』を「不動産の劇」と呼び、土地私有に関する愚行の数々を笑い飛ばす喜劇だという。『かもめ』は「女優の劇」であり、フェミニズム的視点から、男性原理であるところのドラマツルギー=法に過剰に寄り添おうとする「女優」という存在の悲しみを暴き出す。『ワーニャ伯父さん』は「憂鬱の劇」で、主人公ワーニャ伯父さんの年齢47歳と偶然一致する自らと本書執筆当時の石破防衛庁長官の世代から身体性を欠いた観念的な「47歳の憂鬱」というものの姿をくくり出す。
そして『三人姉妹』はずばり「戦争の劇」だ。戯曲を呼んでいてあまり気にとめなかったのだけど、軍医チェブトイキンが新聞を読み上げてつぶやく「バルザック、ベルジーチェフにて結婚」という台詞で、この劇の第三幕の舞台は1850年と特定される。チェーホフがこの劇を書いたのは1900年頃なので、およそ50年前を舞台にしたことになる。それには当然意図があるはずで、その頃のロシアの情勢を調べてみると、大規模な戦争の前夜という時代らしい。なるほど、それで軍人がたくさん登場することもうなづける。さらに三姉妹の義妹である俗悪なナターシャを戦争を象徴する存在と見抜く。
宮沢さんははっきり書いてないけど、ナターシャの俗物性はいわゆる庶民を代表するもので、実は庶民(が形成する集合的な意識)は戦争の被害者なんかじゃなく戦争を遂行する主体だということを暗にいわんとしているのかもしれない。
読解に正解も不正解もなくて、要はおもしろいかどうかだと思うけど、そういう意味で細部に注目するとこれだけおもしろく読めるというのは発見だった。正直、『かもめ』とか『ワーニャ伯父さん』は『三人姉妹』とか『桜の園』に比べると一段落ちる作品だと思っていたけど、それが間違いだということをわからせてくれた。