スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸訳)『マーティン・ドレスラーの夢』

マーティン・ドレスラーの夢 (白水Uブックス 171 海外小説の誘惑)

19世紀末のニューヨーク、葉巻商の息子マーティン・ドレスラーは、ホテルのベルボーイからはじめて、カフェチェーンの経営、そして自らの夢を形にしたホテルの所有、と成功への階段を圧倒的な速度で駆け上がってゆく。まさにアメリカンドリームを地でゆくような物語だが、細部を拡大するような不思議な遠近法を使った文章のおかげで、アメリカンドリームが魔法使いものやSFと同じようなファンタジーのジャンルの一つのように思えてきた。

マーティンはホテルという建造物の中に都市、自然つまりこの世界そのものを閉じ込めようとする。その夢は独立した生き物のように成長してゆき、マーティンを成功へ導いていくが、あまりに巨大になりすぎて、人々から見放され、マーティンは結局すべてを失う。

なんだか、現実世界のリーマンブラーズ等の破綻騒ぎがシンクロした。マーティンはいわば建造物の織りなす石の夢を見たわけだけど、金融というのもお金の夢を膨らませていく仕事だ。というかお金そのものがそもそも夢からできている。なんなこういう問題が起きると鬼の首をとったように、もともと幻影なのだからそれを信じるのが悪いというようなことをいう人がいるが、でも社会はたぶんそういう夢とか幻影なしにはうまくまわらないのではないだろうか。お金の夢がしぼまないよう、膨らみすぎて奇怪なものにかわらないように精一杯コントロールしてゆくしかないのだ。それでも、潰れるときは潰れる。

夢が潰えた後のマーティンの姿がなんともいえずすがすがしい。

「でもまだいい。しばらくはただ歩いていよう、世の中からちょっと離れたところで、眺めを楽しんでいよう。暖かい日だ。急ぐことはない。」

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