佐藤春夫『美しき町・西班牙犬のいる家 他六編』

美しき町・西班牙犬の家 他六篇 (岩波文庫)

リアル中坊のとき以来の佐藤春夫。少なくとも『美しき町』は再読のはずだが、当然のことながらほとんど覚えていない。

絵を志していた主人公の青年は旧友に誘われて、東京の一角に理想的な美しい町を生み出すプロジェクトに参加する。彼の仕事は町を作る候補となる地域をみつけ、完成後の姿を絵にしておこすこと。首尾よく日本橋中洲という場所を見いだし、物静かな老建築技師を加えた三人で、町作りの作業は夜な夜な続けられる。そんな幸福な日々は永遠には続かず、結局彼らの夢は破れるのだけど、でも完全に潰えることはなく、最後に小さな花を咲かせる……。美しい町をめぐるとても美しい物語だった。

そのほかには、林の中で犬が住む奇妙な家をみつける『西班牙犬のいる家』、夜の東京でアメリカ人の女性の道案内をする『月下の再会』が散歩心をくすぐられて、楽しい。

苦みと甘さの調和がすばらしく、しかも嫌みにならずとても洗練されている。カフェオレではないんだけど、とても上品なコーヒー牛乳みたいな作品たちだ。今度は長編の『田園の憂鬱』あたりを再読してみることにする。

お勧め★