小島寛之『容疑者ケインズ』

容疑者ケインズ (ピンポイント選書)

筆者の書いた数学関係の本は何冊か読んだけど、本書は本職である経済学の啓蒙書だ。140ページちょっとで薄いし文字も大きいけど、内容は濃密で、マクロ経済学の嚆矢であるケインズの理論のだめなところをだめと断じた上で、そのエッセンス(+その発展)を現代の学説上で拾い上げて、いわば推定無罪を勝ち取ろうとした本だ。

数式や専門的な概念はさけつつ、貨幣の利便性がうらはらにかかえる危険性、不確実性を回避する人間の性向を説明する数学モデル、またつい最近解明された、あえて選択肢を絞り込んで誘惑をさける行為を説明するモデル等について、実例をまじえた説明と小学校の算数レベルの計算で理解させてくれる。

ひとつ気になったのは、ケインズの理論からは、ケインズの言明とは逆に、不況には公共事業は効果がない(所得移転としては景気を向上させる効果があるがそれなら失業手当でも同じ)という結論が導かれることが、かなり明確にわかりやすく示されているのだけど、それについては学説によっては異論があるはずで、それは筆者の論理展開のどのあたりをつつくことになるのだろうか。

ただ、誤解してはいけないのが、必ずしも筆者は、現実的な政策として不況には公共事業は効果がないということを主張しているわけではなく、現在の理論上そうなるということを示しているに過ぎない。その理論が未成熟である可能性は大きいし、自然科学がそうであるように少しでも理論を現実に近づけていこうというのが筆者の立場だ。そのあたりが当座の政策としてどれを採用するかを問題にしている他の一部の経済学者たちとかみ合わない原因なのだろう。両方とも必要なことだし、レイヤーさえわかれていれば問題ないと思うのだが、そのレイヤーがときとしてはっきりしないことが問題のようだ。