チェーホフ(松下裕訳)『チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集 I』
1880年から1887年、つまりチェーホフが20歳から27歳までに書いた掌編・短編から65編をよりすぐったもの。タイトルが示すように軽いユーモア小説ばかりで、特に前半は、どうもピンとこなかったり、若い頃に特有のシニカルさが上滑りしたような作品が多くて、退屈で、あくびをこらえながら読み進めた。
どうなることかと思ったが、さすがに後半は、後年の名作を彷彿とさせるような機知や洞察が垣間見える作品が多かった。老いさらばえた公爵令嬢の年に一度のお祝いの日を描いた『年に一度』。ある意味正確に読書の効用を明らかにした『読書』。自主的検閲の光景がおもしろおかしい『ヴォードビル』、日本人はこれを笑えない。正直で公正で合理的なのだが、それがゆきすぎてまわりの人を窮屈にさせる人間の類型を描いた『変人』。
そして、店員と客と立場におかれた微妙な関係の男女のやりとりを描いた喜劇、『ポーリニカ』。ある男を心の底から愛しながら、別の男性の魅力にあらがうことのできない女と、それに対してなすすべのない男の姿が、おかしいんだけど悲しい。チェーホフの特質は、このおかしさと悲しさの同居にあるような気がする。末尾のこの作品が収録作の中で最高だった。