堀江敏幸『河岸忘日抄』
あわただしい労働の日々を抜けだし、異国の河岸に繋留された船の上で半ば隠遁生活を送る「彼」。彼は動かない船の中でただ「待機」する。一見悠々自適の毎日だが、静止した水鳥が水面下で激しく足を動かしているように、彼の思考もまた足下を深くえぐってゆく。それは「ぼんやりと形にならないものを、不明瞭なまま見続ける」ことであり、形にならないものとはおそらく「命の芯」のことだ。本、音楽、ときたま訪れる人々。それらによって船の外の河岸は自由に時空を移動する。
そんなふうにして、彼は内面に訪れていた「内爆」という危機をいったんやりすごす。でも、それで何かがはじまるわけではないし、終わりもしない。彼の年上の友人枕木さんがいうように、生きることとは外に身をおくことであり、外に身をおくことは、日常をあたりまえに過ごすことなのだ。
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