堀江俊幸『雪沼とその周辺』
雪沼というどこにあるとも知れない地方の街の周辺を舞台に、そこで暮らす平凡な人々の現在と過去の記憶が交錯する連作短編集だ。最終営業日の小さなボーリング場の主人、スキーにやってきたのが縁で料理教室を開いた小留知先生が遺した最期の言葉、段ボール工場の田辺さん、書道教室を営む陽平さん、絹代さん夫妻、背が低いけど特殊な能力を持つレコード店経営の蓮根さん、控えめな中華料理屋安田さん、消火器販売会社のサラリーマン香月さん。
登場人物がほとんど「さん」付けなのが、まるで直接の知り合いのことを書いているような、暖かさと敬意を感じさせる(ただし、例外的に冒頭の作品のボーリング場の主人は名前でなくなぜか「彼」と呼ばれていて、謎だ)。そして、そういう暖かさを一瞬だけ突き破るように投げかけられる冷たく即物的な視線が、何ともいえない後味を残すのだ。