古川日出男『アラビアの夜の種族』
アラブは地理的というより心理的に日本からとても遠い場所で、なじみのあるものといえばテロと石油とアラビアンナイトくらいだと思うが、本書は、その中のアラビアンナイト的な題材から想像力を膨らませ、緻密に書き上げられたファンタジーだ。
ナポレオンの攻略の手がエジプトに迫る前夜(西暦では1798年)、それを防ぐために密かに驚愕の物語=年代記が紡ぎ出されようとする。語り部の美しい女性、物語の中でいきいきと活躍する三人の主人公、彼女の話に耳を傾け記録する人々。別々の世界に属する人々が奇妙に共鳴する。
死すべきさだめの人間は、物語、つまり言葉という形式を通してのみ永遠というものにふれることができる。エンターテインメントという枠をはるかに越えて、語る行為そのものが生み出す迷宮を描いた作品だ。
日本でこういうのが書ける小説家はほとんどいないと思う。村上春樹くらいだろうか。