サン=テグジュペリ(堀口大学訳)『人間の土地』

人間の土地

かつて、飛行機は人間の身体を空高くひきあげるだけでなく魂をもひきあげてくれていた。

サン=テグジュペリと彼の同僚たちは郵便を世界中に届けるため、新たな航空路を開拓し、嵐の中飛行した。その中で命を落とすものたちもいる。砂漠で遭難してほとんど死にかけることもある。本書ではそんな彼らの半ば神話的といっていい活躍が詩的な美しい文章で語られている。

最終章では、人間論が語られる。英雄的な人間でなく、主に一般的な人間にかいま見える勇気についての話だ。サン=テグジュペリはだれの中にもあったはずの可能性、踏みつけられてしまった芽を「虐殺されたモーツァルト」と呼んでいる。それが彼を悩ますのだという。これはそういう人々への目覚めを訴えかける本でもある。

以下は、心中に死臭ただようモーツァルトを抱えるひとりとして書く。

危険の代償に彼らは地上での安穏とした生活では得られないある種の「高さ」を得ることができた。ぼくらは日常生活の単調さとどうしようもない心の弱さ、醜さにしばりつけられながら、その「高さ」にあこがれる。ぼくらはその「高さ」を知っている。と同時に、決してたどりつけないだろうことも知っている。空にはもう魂がとびたてるほどの隙間はどこにも残っていないのだ。サン=テグジュペリを含めて「高さ」に届いた人々は結局みな空で命を落としてしまった。生き残ったぼくたちは、空を見上げる、ここ「人間の土地」から。