スティーヴン・バクスター(中原尚哉訳)『タイム・シップ』

タイム・シップ〈上〉タイム・シップ〈下〉

ウエルズの『タイム・マシン』の続編。前回の旅でエロイ族の娘ウィーナを犠牲にしてしまったタイム・トラヴェラーは彼女を救うため再び未来に向かうが、たどりついたのはまったく違う世界だった。

『タイム・マシン』ではタイム・パラドックスに関しては無視されていたけど、100年を経て書かれた本作ではそれを解決するのに多世界モデルという、おそらく一番リーズナブルなモデルが使われている。つまり、過去に遡って歴史を変えた瞬間世界が二つに分れて、もうもとの世界には戻れなくなってしまうのだ。

この『タイム・シップ』でもたった一度の時間旅行によって世界は大きく改変され、タイム・トラヴェラーたちは時間を右往左往しながら翻弄され続ける。太陽のまわりに殻をかぶせてその全エネルギーを管理している65万年後の未来。1873年では若い頃のタイム・トラヴェラーと出会う。1938年ではイギリスとドイツが永遠に終わらない消耗戦を続けている。5000万年前の暁新世のジャングルとそこで起きる殺戮。再び訪れた1891年は氷に閉ざされ生命が死に絶えた世界。そこでタイム・トラヴェラーは普遍建設者と呼ばれる奇妙なロボットに命を救われる。

『タイム・マシン』でのタイム・トラヴェラーは19世紀的な偏見に包まれていて愚かなことをしでかす、ちょっと首をかしげてしまうような人間だったが、本作では時間旅行でさまざな世界を経験(ほとんどは悲しい体験だが)することによって徐々にそういった愚かさから解放されていく。そして、最適化された宇宙の中で真に自由な視点を得る。そんな彼が最後に選んだ世界とは。

★★★★