H.G.ウェルズ(橋本槙矩訳)『タイム・マシン』
子供の頃の長い夏休み、図書館である棚の本を右から左へ向けて読んでいくような日々を過ごしていた。当然のように宿題はまるっきり進まず、夏休みの終わりになるとタイム・マシンに乗って過去に遡れたらなあ、なんてことばかり考えていた。
そんなふうにして読んだ本の中に『タイム・マシン』はあったはずで、はっきりいって、タイムトラヴェラーがタイムマシンにいって驚くべき体験をするということ以外何一つ覚えていないような状態だった。
タイムトラヴェラーがたどりついたのは紀元802701年。細菌は撲滅され、気候も常に穏やかになっているが、そこに住む人々は身体が小さく虚弱になり知的にも退化していた。また、彼らは暗闇を異常におそれていた。そこにはもう一種類別の形に進化した人類が生活していたのだ……。
タイムトラヴェラーはどうにかその時代を抜けだしたあと、未来にむけていけるところまでいってみるが、人間は消え失せ、地球の自転がとまり、巨大なカニのような生物に襲われる。(これが楳図かずお『漂流教室』に出てきた未来人類の原型かもしれない)。さらに、巨大カニさえも姿を消した静寂な世界で日蝕がはじまり、すべてが暗闇に包まれようとする。まさにラストショーだ。
子供が読んだら眠れなくなってしまうような話だ。確かにその当時眠れなかったような気もする。
『タイム・マシン』は短編なので、ほかに9編も収録されている。SFという枠に入らない作品もいくつかあって、ヴェルヌがはじめたSFというジャンルをウェルズが幻想文学の系譜につぎ足したと考えるとわかりやすいのかなと思った。
最後の『盲人国』も、深い洞察が感じられる作品だった。盲目の人ばかりの国に目が見える人がたどりつく。「盲人国では片眼のものでも王様だ」という言葉は嘘で、彼は逆に異常者扱いされてしまうのだ。
★★★★