ウィリアム・サローヤン(関汀子訳)『ヒューマン・コメディ』
「次の瞬間、世界でいちばんすきなもの、貨物列車のとどろきと蒸気の音が遠くに聞こえた。ユリシーズは耳を澄まし、列車の動きにつれて地面が震動するのを確かめると、走り出した。この世のどんな生き物より早く(ママ)走っているつもりだった」というパラグラフを読んだら、貨物列車のそばまで一緒に走り出したくなった。
そこはカリフォルニア州イサカという街。さまざまな人種、民族の人々が貧しいながらもいたわりあいながら暮らす、アメリカの理想を体現したような街だ。そんな街にも戦争が暗い影を落とし、電報配達をして家計を助けている14歳の少年ホーマー・マコーリーは、何度か戦死の知らせを家族に届けることになる。
なんだか、登場する人物がみな善良で気高い心の持ち主で、ありえないと思ってしまいそうになるが、それはキリスト教の博愛精神が与えてくれるリアリティーなのかもしれない。
子供たちの描き方がとにかくすばらしい。すべてはすばらしくすてきなものであふれていて、彼らは目を輝かせてそれらを見つめる。大人になりかけのホーマーは大人の悲しさや醜さを目の当たりにする度に吐き気を覚える。その吐き気を感じなくなること。それが大人になるということなのかもしれない。
★★★