宮沢章夫『サーチエンジン・システムクラッシュ』

サーチエンジン・システムクラッシュ (文春文庫)

迷宮としての池袋。現代の迷宮は自分がどこにいるかはわかっているものの、目的と行先がわからないのだ。

主人公の男性は、殺人を犯した旧友が語ったという言葉の「声」を求めて、最後に彼とあった場所、池袋の風俗店に続く階段を探す。だが、その場所の代わりに得られたのはまた別の場所を探す目的で、目的は、ゲドンという喫茶店、ビデオケーブルを売る店、暗がりに落ちた500円玉、謎めいたクラブ、とどんどんずれていき、巡礼の道標のようにときおりあらわれる赤いチョークで書かれた線に導かれながら、池袋の街をさまよい続ける。

5年前の雑誌掲載時に読んで、散歩のバイブルといっていいようなすばらしい作品だと思ったが、今回は以前たどった道を記憶をたよりにもういちどたどるときに記憶の中の道と実際の道がどんどんずれてゆくような不思議な感覚がそこに加わって、さらにおもしろく読み進められた。やはり傑作。

もう一編収録されている『草の上のキューブ』は初読。一転して地方を舞台にして、平凡な暮らしを送りながらも、コンピュータにマニアックな情熱をいだき、ついには母校のネットワークに侵入しようとする男の姿を淡々と描いたものだ。最初、地方の生活の退屈さが、そのまま行間に入り込んでくるように感じたが、コンピュータ内部をサイバーパンク風に描く描写や、主人公の言葉の二重性(方言と標準語)の使い分けがうまいと感じ、読み終えてみれば、これもまた迷宮を描いた小説だということに気がついた。

池袋も、草の上のキューブと同様、リアルに存在するのではなく、脳、コンピュータなどが複雑につなぎ合わされた仮想的な空間に存在する迷宮なのだ。

★★★★