大塚英志『「伝統」とは何か』

伝統とは何か

「伝統」というのは自然にうまれたのではなく、なんらかの必要にせまられて比較的最近に作られたものだというのは半ば常識といってもいいのかもしれないが、それを実感することは難しい。本書では、日本民俗学の祖である柳田國男の足跡をたどりながら、柳田自身ひいては民俗学というものがいかに伝統を作り出してきたかを示してゆく。といっても一方的に糾弾するのではなく、いい点はいいと評価している。

本書でとりあげられる「伝統」は3つだ。「母性」、「妖怪」、「郷土」。その中から「母性」について紹介しておく。

あまり聞いた覚えがないが「日本人は母性が強い」といわれているそうだ。これまた作られた「伝統」である「家」制度が恐慌による農村の破綻で立ちゆかなくなったために求められた「伝統」であるとのこと。母子心中という現象はそのころ急に増えたものらしい。過去の歴史だと、母性は戦時に尊重されるようだ。

作られたものだから悪いというのではなく、作られた理由や状況をみないで無批判に「伝統」だから尊重すべきという態度はまずいのではないかというのが本書のスタンスだ。柳田國男が昭和初期の一時期温めていたとされる「公民の民俗学」、つまり「個」として自立した「公民」についての民俗学からは「伝統」なんかではなく「公共性」を作り上げることが可能だと、結ばれている。

柳田國男についての話題がメインであり「伝統」という切り口はちょっと違うような気もするが、筆者自身が民俗学専攻だったこともあり綿密に資料が集められていると思う。何よりこの人の文章は読ませる。コミック、小説『木島日記』のネタ帳としても読める。

★★