もともとはユヴァル・ノア・ハラルの『サピエンス全史』の舞台化という話だったけど、幕が開いてみると、ダイレクトな舞台化というわけじゃなく、参考文献的な扱いになっていた。だが、インスピレーションの大きな源なのは間違いない。どうやって舞台化するんだろうと思ってたが、思った以上に「忠実な」舞台化だった。 怜悧に現生人類(ホモサピエンス)の誕生から現在までの歴史を展開していく『サピエンス全史』の語り口からみると、若干方向性が違う気もするが、なんとダンスつきの音楽劇だった。第一幕ではまず200万年前のホモサピエンス誕生以前の猿人たちのシーンから始まり、『サピエンス全史』で語られる「革命」のうち最初の二つ。まず7万年前の「認知革命」で人類が言語能力を取得するシーン、そして1万年前、「農業革命」で貧富の差が拡大し身分制度が発生したあとの社会のシーンが描かれる。休憩後の第二幕は1616年。異端審問のあとローマ近郊の宿屋にやってきたガリレオ・ガリレイを中心として「科学革命」の幕開きが語られ、最後にそれ以降の人類の発展の歴史が綴られる。原爆灯火や原発事故も出てきたけど、概ね明るい賛歌として幕が閉じられる。 ...
タイトルが長い! 何より哲学者、しかもその人生だけでなく哲学にもスポットライトをあてる演劇を作るという試みが素晴らしい。「およそ語り得ることについては明晰に語られ得る/しかし語りえぬことについて人は沈黙せねばならない」という彼の主著『論理哲学論考』の末尾のあまりにも有名な言葉。結構誤解含みで解釈されることが多い言葉だけど、この作品の中でその誕生の瞬間に立会って、意味を解きほぐそうとしている。語り得ないものについてはウィトゲンシュタイン独特の「独我論」を持ち出すべきなんだろうけどここでは神を使っている。それでも間違いというわけじゃないしわかりやすさを犠牲にしなくてかえってよかった気がする。神の象徴として携帯用のウイスキー瓶がテーブルに置かれた時背筋がぞくっとした。 ...