『近松心中物語』

近松心中物語

『ロミオとジュリエット』も含めて広い意味で心中ものは苦手だが演出家とキャストにひかれてみることにした。

二組のカップルが主人公。まじめ一方だった飛脚宿の養子忠兵衛は偶然遊女梅川と出会い互いに思い合う仲になる。折り梅川には身請け話が持ち上がる。忠兵衛と同郷の幼なじみ古道具屋の若旦那与兵衛はおひとよしでやさしいが商売に実が入らない。彼は忠兵衛に梅若の身請けの手付け金を貸してほしいと頼まれ快く店の金を渡してしまう。与兵衛はひとりで店を出て行こうとするが彼を慕う妻のお亀もついてくる。一方、忠兵衛は行きがかりで届ける途中の公金に手をつけ、梅川を身請けする。こうして二組のカップルの逃避行がはじまる。彼らのトーンは片やシリアス、片やコミカルで対照的だが、それでも終着点に待ち受けるのはどちらも「心中」だ。

徐々に心中へののっぴきならない隘路に追い込まれていく主人公たちの姿をみるのはつらいものだが、セリフや演出がとても細やかで、その流れがとても自然に受け入れられた。特に与兵衛/お亀のカップルを完全にコメディリリーフになっていたのがよかった。自然に様子を与兵衛を演じた松田龍平はまるであて書きであるかのようにとても役にはまりすぎていて笑ってしまったし、石橋静河のお亀もおきゃんななかに一途さがかいま見えるのがよかった。結果、エンターテインメントとしてとても堪能した。心中はやはり傍目からは最高のエンターテインメントなのだ。

心中というのは封建制と裏表の関係にあるものだ。梅川は娼家に売られたが、そのほかの忠兵衛、与兵衛、お亀とも養子だ。それぞれ娼家の主人、客、義理の親、実の親、同業者たちとの複雑な関係性のなかに絡められなが生きている。その複雑性こそが封建制の本質だ。思えば、大政奉還からはじまる流れは、それを解体して天皇=国家との一元的な関係に単純化してくれるもので、まぎれもなくひとつの解放だったということがいえる。恋愛もまた同様に複雑性を解体してくれるもので、そのプレイヤーを、愛を主体とするあらたな一元的な関係のなかに結び合わせる。二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしという物語は、愛が別の日常的な関係性のなかに溶け込んでしまったということなので、愛からみたら敗北で。その完成はむしろ心中なのかもしれない。ここには個人という主体は登場しない。それは日本という風土では愛以上に困難な遠いものなのかもしれない。

そしてもうひとつはお金との関係だ。今回の主人公たちは最終的にお金が最後の一押しになって破滅する。お金もはまた人を封建制のしがらみから解放してくれるものでもあるけど、それはお金が滞りなくまわって誰もが豊かになる可能性がある時代だけのことで、そうでなければ封建制の複雑な関係性のしがらみを構成する最大の糸だというのがあらためてわかった気がする。そこに今回の上演の現代性を感じた。

作:秋元松代、演出:長塚圭史/神奈川芸術劇場大スタジオ/S席9500円/2021-09-11 18:00/★★★

出演:田中哲司、松田龍平、笹本玲奈、石橋静河、綾田俊樹、石橋亜希子、山口雅義、清水葉月、章平、青山美郷、辻本耕志、益山寛司、延増静美、松田洋治、蔵下穂波、藤戸野絵、福長里恩、朝海ひかる、石倉三郎