J. ケルアック(真崎義博訳)『地下街の人びと』

地下街の人びと (新潮文庫)

薄い本なのでつなぎに読むつもりがかなり時間がかかってしまった。ケルアックは麻薬をやりながら3日で書いたそうだから、読むのも意味不明なところを読み飛ばすくらいの気持ちでそれ以上のハイペースで読むべきだった。

ビートニクの拠点サンフランシスコを舞台に、ケルアック自身をモデルとする主人公とマードゥという10歳年下の黒人の美女の一夏の間の短い恋人関係を描いた作品。主人公はとにかくはちゃめちゃだ。浴びるように酒をのみ、深夜でもお構いなく嫌がるマードゥを酒場や友人たちの家あちこちにひっぱりまわす。そのくせ、マードゥに完全には心を許さず、ひとりがてんに別れを決意する。そのくせ恋敵があらわれると嫉妬に身を焦がす。女々しいくらい赤裸々に差別的な偏見を含むネガティヴな感情を吐露している。

ケルアックは自信の経験に基づいて小説を書く人で、登場人物にはみなモデルがいる。この作品に書かれた出来事や感情も変形やシャッフルはあっても実際の出来事だったのだろう。

3日で書いたというのは誇張でもなんでもなく、時系列がバラバラでいったりきたり繰り返すところや、乱脈をきわめる文脈のせいで非常に読みにくい。最初翻訳のせいかと思ったが、そうとばかりもいえないようだ。ただタイトルは不適切な気がする。地下街なんて一度も出てこない。原題の “The Subterraneans” という地下に住む人々という意味で、ビートニクたちを指している。これは文字通りビートニクたちが地下の部屋に住むことが多かったからだ。なんで「地下街」なんて誤解を誘うようなタイトルにしてしまったんだろう。

美点は比喩の奇抜さ。「ゴミ箱で目を覚ましたクモの気分」なんてなかなか思いつくものじゃない。