亀山郁夫『『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する』

「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する (光文社新書 319)

『カラマーゾフの兄弟』を読んで一番驚いたのは、この分厚い大作が未完で作者のドストエフスキー急死により「第二の小説」が書かれずに終わったということだ。確かに回収されていない伏線があったり、本編と関係ないのにやたらページをとって語られている登場人物がいたりするし、何より作者による序文にその旨がしっかり書かれている。

本書では、その幻の「第二の小説」について、先頃『カラマーゾフの兄弟』を新訳したロシア文学者亀谷郁夫が、推理と想像で内容を描き出している。

「第二の小説」は「第一の小説」から13年後が舞台で、「主人公」アリョーシャは33歳になっている。その間アリョーシャとリーザの間には心理的葛藤があり、それを越えて成長した彼は革命運動と関係をもち、何らかの形で皇帝暗殺事件に関わる。その事件を主導するのはコーリャであり、彼は後編のもうひとりの主人公的存在になる。というところまで、本書でいうところの「物語層」については、説得力のある議論で、まず間違いないような気がする。だが、ドストエフスキーの複雑な宗教的・哲学的立ち位置や、終始秘密警察に監視され続けた政治的立場が背景となっている、「自伝層」、「象徴層」についてはなんともいえない。なぜなら「第一の小説」から、ぼくはそこまで読み取れていないのだから。

でも、ここまで詳細に内容を構想できたことは、その正確さ(たぶんそれを判断することは誰にもできない)を問わず、素晴らしいことのような気がする。あとはもうほんとうに小説として書いてしまうのもいいのではないか。